改名の心得・3

 ◎ 改名の時機

  姓名は使えば使うほどその効力を発揮するものである、ということは何度も説明しました。
  良い名前でも、悪い名前でも、使用することによって、その結果が生じるのです。

  ですから、悪い名前を長く使っておれば、悪い影響はそれだけ大きくなります。
  改名は一日も早いにこしたことはありません。そして、改名と同時にウンと使うことです。
  どんなに良い名前に改名しても、使用しないことには、なんの価値もありません。

  日本の宗教に日蓮宗というのがあります。私は他の宗教のことは、あまり知りませんが
  この日蓮宗のことを、別名、無知宗とも言っています。それは何故かと言いますと・・・

  「宗教的な理論も理屈も、知識も何もいらない。お題目の、南無妙法蓮華経の意味が
  理解できなくてもよい。ただ、お題目をとなえることによって、どんな無知な人でも
  ご利益がいただける」というように、教えているからです。

  とにかく理論も理屈も知識も何も必要ではない。お題目を唱えなさい、と言うわけです。

  ここに姓名学と、一脈通じるところがあるようです。
  お題目は唱えれば唱えるほどご利益があり、姓名は呼べば呼ぶほど、使えば使うほど
  その効力が発揮するのです。

  お題目に、学問や科学で解決の出来ない神秘性のあることは衆知の通りですが、
  姓名にもやはり同じことがいえるのです。

  宗教には奇蹟やご利益がつきものになっています。そして、どの宗教の信者も多かれ
  少なかれ、これを授かろうと頼む気持ちは必ずいだいているでしょう。

  「不治の病がなおりますように・・・・・・・・・・」
  「家運が隆盛になりますように・・・・・・・・・・」
  「子供が無事に成育しますように・・・・・・・・・」
  「夫婦仲が円満にいきますように。良縁がありますように。金が儲かりますように」

  その人その人によって、頼み事に差はあるでしょうが、何らかのご利益を願わぬ人は
  おそらく一人もないように、自分の力以上のものを、神仏の力によって求めようとする
  気持ちは、誰でも持っているにちがいないのです。

  新興宗教は雨後のタケノコのように発生していますが、そのほとんどが、お題目を
  主体にしている、といってもよいくらいです。
  それほどにお題目は有難いものであり、霊験あらたかなものとされています。

  お題目による奇蹟は、日蓮上人の伝記を読んでも解るように、竜の口の法難、伊豆の
  爼岩などの話は誰でも知っていることです。

  また現代に於いてもお題目を口唱することによって、ご利益を得た例は枚挙にいとま
  がない程たくさんあります。
  決して宗教上の宣伝文句や、作り事ではありません。

  「そんなことは偶然の一致であって、ご利益ではない」と否定する人もあります。
  しかし、こういう人は神仏はおろか、最後には、自分自身すら信じることの出来なく
  なる哀れむべき人種というべきでしょう。

  ただし、いくら有難いお題目に接したところで、人間としての日常生活を無視する
  ことはできないでしょう。
  また、どんなに熱心に、朝から晩まで、お題目を口唱していても、自分の仕事や
  つとめを放っておいてよいというものではありません。

  もし、それでもよいということになれば、誰一人、汗水たらして働く者がありますか
  人間生活があってこその宗教であり、努力や反省、誠意や愛情あってこその宗教で
  あらねばなりません。

  朝から晩までただ神仏に拝んでいて、生活できるわけではないのです。

  宗教家や盲信家には、ときたま、誤った考え方をしている人があるようですが
  これでは、日に百万べんお題目をとなえても、ご利益はいただけないでしょう。

  この道理も、姓名学の場合と同じことです。

  とにかく、宗教に奇蹟や神秘性があると同様に、姓名学にも必ずあるということ。
  そして、お題目を口唱すると同じように、名前も数多く呼んだり、使用したり
  しなければ効力はうすい、ということです。

  表札・名刺はもちろんのこと、年賀状や暑中見舞いなど、戸籍名でなければならない
  場合をのぞいて、あらゆる場合に使用して下さい。

  家庭内においても、兄さん姉さんではなく、できるだけ名前を呼び、夫婦間でも
  パパ、ママ、あなた、きみ、でなく名前を呼ぶようにしたいものです。
  はじめのうちは、テレくさかったり、呼びにくいでしょうが、ことは重大なのです
  から真剣に考えて徹底しなければなりません。

  子供の頃は、姓よりも名前を使用することが多いのですから、

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