名前を見れば、その人の運勢や性格、病根などを鑑定することができます。
ということは名前によって、その人の運勢や性格、病根などが決定づけ
られている、ともいえるのです。昔から今日までに実在した人の名前と
その人たちの運勢、性格などについて数理的に統計を作ったとします。
同じ系統の名前の人、1000人のうち、995~999人の運勢、性格
その他が類似していたとすれば、これは決して偶然の一致とはいえない
でしょう。これは一種の数学であり、科学であります。
子供が生まれると、両親はその名前に頭をなやまします。子供の幸福を
祈って、なんとか「良い名前」をつけようと努力するのは当然のことです。
これも親の愛情でなければなりません。
しかし、両親に姓名学の知識がなければ、どんなに四苦八苦して考えてみ
ても、どうにもなることではありません。稀には欠点のない名前をつける
こともありますが、それは偶然のことであって10人の子供を10人とも
良い名前にすることは不可能に近いことです。
たくさんの子供のうち、「一人や二人はグレたのがあっても当然だ」という
人もいますが、それこそグレるのが当たりまえの名前がついているのです
から、やはり、これも親の責任といわなければならないでしょう。
「たくさんお子供がいれば、一人や二人欠けてもしょうがない」という人
もいます。これもやはり姓名学上からみて、早死にする名前がついている
から早く死ぬので、そんな悪い名前をつけられた子供のほうこそ、大変に
迷惑なことです。
「姓名なんていうものは符号だから、何でもかまわない」という人に限って
ロクな名前をもっていませんし、これほど無責任なことはないのです。
自分の名前だけならまだしも、可愛い子供にも奇妙な名前をつけて得意に
なっているのですから始末におえません。
横に一本棒をひって一(はじめ)と読む人がありますが、これは数字の一で
ものごとは一から始まるという意味から一を(はじめ)と読ませるのでしょう。
私の知っている名前で、この横の棒が縦になっている人がありました。
縦の棒もアラビア数字の1ですから、やはり(はじめ)と読むのかと思ったら
そうではなく、これは(すすむ)と読んでいました。
上から下に引いた線ですから(おちる)とでも読むのなら解りますが(すすむ)
とは、どうしても読めません。姓の下に点を一つ打った名前も見たことが
あります。これは(おわり)と読んでいました。
これらは男の名前だから、まだ我慢もしますが女の名前にこんなのがあったら
どういうことになるでしょう。年頃になって恋愛でもするようになったとき
のことを考えてご覧なさい。
ところが実際に、こんな符号みたいな名前が有ったのですから驚きました。
実在の人ですから、ここでは仮に「西村ゝ子」しておきましょう。
「西村チョン子」なんと可愛そうな同情すべき名前ではありませんか。
誰が読んだって、可笑しくなるに違い有りません。
どうしても両親が悩み苦しんでもでも良い名前選ぶことが出来なかった場合
知人や上司に頼んで名づけ親になってもらう人もいますが、これは親として
無責任です。何故なら、自分の大切な赤ちゃんの一生涯を決定する名前を
姓名学の知識もない人に他人任せで頼むからです。
赤ちゃんの一生涯の幸福を真剣に願うのであれば、親の責任によって先ず
姓名学を勉強するか、姓名学を会得した人に頼むべきです。
姓名学は八卦や占いや迷信ではありません。姓名学統計数理は古くから研究
されていた立派な学問です。
(生年月日に合っていること)
以上三つを必ず守って命名・改名をして幸多き人生を送りましょう!