辞典を見ますと「万物は宇宙間に存在するすべてのものなり」と出ています。
この万物はいずれもそれぞれに異なった名称を持っています。
私たちの周囲を見ても名称のないものは何一つありません。
そしていずれもが、それにふさわしい名称を持っていることは面白いこと
だと思います。
宇宙という響きは、広い無限な神秘性をもっていますし、太陽は天体に
君臨する王者として相応しい響きをもっています。
月・星・地球・動物・山・川・木・草・家・洋服・着物・靴・下駄
天国・地獄・極楽などの響きも実にピッタリです。
このようにして、その物とその名称とを比較研究してみますと、あらゆる
物が、それに適した響きの名称を持っていることに気がつきます。
犬・猫・牛・馬などの名称も、その体躯・動作・性質などを上手く表して
います。これを反対にしてみたらどうでしょう。
犬を猫と呼び、牛を馬と呼んでみます。今までの耳に馴れた先入観や
習慣もあるでしょうが、犬を猫と呼んだのではぜんぜんその感じが
違っています。馬を牛と呼ぶと体格や性能から受ける感じが、どうしても
チグハグになります。
これらの名称は、誰が付けたのか知りませんが、その人はおそらく
頭脳明晰で神経の鋭敏な、そしてイメージの豊富な人だったに違いない
と思います。
そして、これらの物は、その性や質などによって更に分類され、各個
別々の名前を持つようになりました。
私たち人類も同じで、姓をもち、その男女の別によって、男は男らしい
名前、女は女らしい名前を持つようになったのです。
「姓は性なり」「名は体をあらわす」などの言葉は実に至言というべきです。
このようにして宇宙間に存在する万物の霊長ともいわれる人間は、特に
ふさわしい、良い名前を持たねばなりません。
名前を番号札や符丁などのように軽視することは人間の価値を自ら低下する
ものであって根本的に、この考えは是正されなければならないと思います。
もしも、あなたの名前が、こんな名前だったらどうしますか?
もしも、あたなの名前が、こんな名前だったら、あなたは、どうしますか?
「赤ちゃんが生まれたんですって!それはおめでとう」
だが、ちょっとお待ち下さい。赤ちゃんに、そんな名前をつけたら大変!
健康になれません。事故に遭います。結婚に恵まれません。あなたと縁がありません。
「そんな馬鹿な、そんなことがあるもんか」と力んでも、統計的にそういう名前
だから、どうにも仕方がないでしょう。
毎日の新聞紙上に出ている事故死亡者、自殺者、犯罪者などの名前が、みんな
統計数理姓名学にピッタリあてはまる名前ばかりなのです。
よい姓名の人は、絶対に事故死にあいません。
健康で、家庭円満、資産、名声、地位、子宝、長寿に恵まれます。
こんな重宝な名前があるとしたら、誰でもつけたくなるでしょう。
これが新しい姓名学なのです。
この世の中から悪い姓名を追放して、みんなが良い名前をつけたら、どんなに
明朗な暮らしよい平和な生活が出来るかわかりません。
それを理想として研究しているのが私たちの統計数理姓名学です。